ほな、松本く~ん。 年末のごあいさつ、いくでぇ~



西川、ただ今パソコン前に戻ってまいりました!

※ 何言ってんだかわけわからん!とおっしゃる皆さま、
  お手数ですが、ひとつ下の記事からお読みくださいませ~ (^^;



というわけで、続きですが。

大荷物をかかえ、とりあえず無事に帰宅したわけです。

家人が留守だったため、空いているほうの手で鍵を開けて家に入り、
まっすぐ自室に向かいました。

手にしていた荷物を置き、リュックをおろして上着をハンガーへ。

一息ついて、ふと自分の置いた荷物を見ると・・・
あらあら、食パンまで持ってきちゃった。
あとで台所に持って行  か な い と・・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・??




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?!







ないっ!



食パンといっしょに、しっかり左手に提げていたはずの、
おもいっきり衝動買いした化粧ポーチの紙袋が・・・ ないっ!!


はぁ~? ないって、なんで?
そんなことをひとり、声に出して呟きながら、
とにかくポーチを買った店を出てから家に着くまでの行動を思い返してみることにしました。

左手から荷物を離したのは、
バス停のベンチ・・・バスの中・・・
バスを降りる時には確実に持っていた、それは覚えている。

それ以降は・・・
離していない。

現に、いっしょに手にしていたはずの 食パン がここにあるわけで。

ということは、ポーチの紙袋も我が家に辿り着いているはずである。


まずは冷静に、家中を探し回りました。

それから玄関から外を覗き、
見える範囲の路上にそれらしき物が落ちていないか確認しました。


それ以上先まで戻って探そうとしなかったのはなぜかといえば、アタマのどこかにある
「 えーーー だってだって、落としたはずないし、家のどっかにあるのかも・・・」
という考えが捨てきれなかったからだと思います。

だってねえ、
ワタクシ、いい大人なんですよ?

手に持った荷物を落としたならば、気付くのが普通でしょう?


それにほら、
「 灯台もと暗し 」 ってパターンもあるでしょう?

目の前にある しょうゆ とか、おでこに乗っけたメガネが見つからないとか。

さがしものはなんですか? みつけにくいものですか?
さがすのをやめたとき、みつかることはよくある話なんです。

とかなんとか、
一見呑気にかまえつつ、実は血相をかえて家中捜索したのですが、

結果的に現在まで見つかっていません。

まあね、
さがすのをやめたとき、みつかることは ( 以下略 )



じつのところ、ほとんどあきらめているのです。

無くしたものに未練がないというわけではなくて、


「 ああ・・・ 天狗の仕業では、あきらめるよりないな。」


と思っているからです。



ああ、
ちゃんと説明しないと、
「 コイツ、とうとうアタマがどうにかなったんじゃないか?! 」 と心配されそうですね。

ええと、
今回のように、説明のつかない状況下で物が紛失したときは、
「 天狗にやられたんだ 」 と思うことにしているのです。

・・・これじゃあぜんぜん説明になってませんね。


お話はかなり過去に遡ります。

あれはワタシが、小学一、二年生頃のこと。
母に頼まれて、近所のスーパーまでおつかいに行ったことがありました。

小さな手の中に、数百円の小銭を握りしめ、
目的のスーパーに着くまで一度もその手を開かなかったはずなのに、
いざ会計しようとしたら百円玉が一枚なくなっていたのです。



そんなことがあった少しあと、
ワタシと同じような体験をした少年のお話を読みました。

やはり、お母さんからおつかいをたのまれた少年が、
しっかりと手の中に握りしめていたはずの小銭が一枚、いつのまにか無くなっており、
いくら探しても見つからず、途方に暮れてお母さんにそのことを告げると、
お母さんは叱ることなくこう言うのです。

「 それは天狗の子どもの仕業ね。
きっとそのお金が必要だったから、こっそり借りていったのよ。」

お母さんの言葉を裏付けるように、後に少年は天狗から 恩返し を受けることになるのです。


同じような体験をしたというのに、
残念ながらワタシが 天狗の恩返し を受けることはありませんでしたし、
むしろ百円を無くしたことを、母からこっぴどく叱られる羽目に陥りました。



“ 天狗の仕業 ” は、この二回だけでなく、実はもう一回あったのです。


あれは今から13年くらい前。
当時の職場に置いてあった某雑誌に、腕時計の特集が掲載されていました。

その中のひとつに、ワタシの目は文字通り クギヅケ になり、
その腕時計を求めて、近所の時計店やディスカウントショップなどに片っ端から電話をかけ
わざわざ電車とバスを乗り継いでまで買いに行きました。

そうまでして手に入れた時計、
大して高価なものではありませんでしたが、思い入れたっぷりのお気に入りでした。


その時計を、ワタシはわずか一ヶ月くらいで無くしてしまったのです。

しかも、腕にはめて使っていた時に。


仕事の昼休み、買い物に出て信号待ちをしていた間、たしかに時計はありました。

信号が変わり、横断歩道をわたって、
職場入り口前にある自販機で飲み物を買おうとして、見るとはなしに右手首を見ると
(ワタシは右利きですが、時計を右にはめています)


・・・な、いっ?!





これはもう、まちがいなく、天狗の仕業に他なりません。

そりゃあわたくし、バカはバカですが、
腕にはめてる時計を落とせば、いくらなんでも気付くだろーよ? ふつう。

というわけで、何が何でもこれは天狗の仕業なのです。



長々と書き連ねてまいりましたが、

しかも大晦日なのにクリスマスの話なんかしてますが、

これで天狗の被害に遭うのも三度目です。


そろそろ恩返しがあっても良いのではないかと思うのです。


というわけで、来年あたり、とっても良い年になっちゃったりなんかするかもしれません。


っていうか、いい年になりやがれ。






ええと、
今年も一年、わたくしのバカ話にお付き合いくださった皆さま、ありがとうございます。

来年も、どうか温かい心と長い目で見守っていただけると幸いです。

皆さまも、どうか良いお年を。




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って、
「 去る 」 ばっかりかよ!
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by cheshire456 | 2005-12-31 21:16 | 日々のあれこれ


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